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waka-nudité debut Exhibitionを終えて一週間。
今、やっと、自身に「おめでとう。」と言える。
Exhibitionの設営時、Exhibition最中、「おめでとうございます。」と言われても、まるで他人のことのような感覚でもあった。自身の中では、出航寸前のフェリーに、やっと乗り込んだような感覚。無事フェリーに乗り込み、岸を離れて海原へとゆっくり進み始めた景色に安堵する。そんな感じで放心状態というか、静かで、自分のことと感知できないような不思議な感覚でした。
また、3月3日、雛祭りから始まるデビューExhibitionを迎えたら、
自由になる。やっと自由になれる。そんな気もしていたからでしょうか。
Galleryに届けた荷物を紐解き、什器を組み立て配置する。色の組別に梱包したストールたちを配置し陳列&ディスプレイ。
アトリエでコツコツと長い時間、色に囚われの身のように染め続けていた色達が、
無垢に健気に、今までの経緯の苦難なんて全く知らない顔をして美しく佇まっていた。
その健気さ、純粋さに涙が溢れた。
全ての色を配置した時、
私の手からリリースされた色達は、
アトリエにいる時とは違って、色達自身が自立をして輝き、
私の手の中にあった長い時を忘れてしまったように存在していた。
それは、初めて見る景色のような、
それでいて長いその時間をスライドで見ているような感覚だった。
これが、それだ。と。
Exhibitionを終えて、
Exhibitionを終えて、東京から返ってくる什器や荷物を受け取る頃には、
ほぼ瀕死のダウン寸前だった。
まずは、梱包されたストール達を取り出し、呼吸をさせたい。
ストールのことは、作品だとか、商品だとか、そういう感覚はなく、
生き物、呼吸する生命としか思っていないことに気づく。
ストールを取り出し、羽を広げさせ、簡単に片付けて、
出ていた間の実家の家事を済ませ、本格的にダウン。
介護でExhibitionができなかった時を思うとありがたい。
1週間ほどの文章が書けない脳の疲れ&肉体の疲れは、
Exhibitionの疲れだけではなく、
Exhibition直前まで染め混んでいたり、その準備ものための疲れでもなく
この2年、umu-wakaからwaka-nuditeの誕生へ向かう時間の汗疲れだけでもなかったように感じた。
2103年5月、師匠であり父のような存在であった生多良がくも膜下出血で倒れ、
復活した2013年の秋、その、同じ年の晩秋に、顔知らぬ実父の死の知らせから
自身のルーツ開示。
2014年は、実父、その生家の片付けに、諸々を受け止める時間は1年を要し、
2015年は、25年暮らした名古屋から実家のある犬山へ
住まいも、アトリエも引っ越し。大引っ越し。
うん。リノベーション計画も2回。そして母が歩けなくなる。
もっと遡ると、umu-wakaをスタートさせ、苦難な日々。
そして母の余命宣告があった2010年末。
奇跡の蘇りから東北大震災の中、ストールフェア。
心配心配の過保護すぎる母のケアは長く続いたが、
今回のExhibitionは、心配しないで信頼をして東京入りをした。
もしや心配をしないで、信頼して長期出張に出たのは、初めてかもしれない。
と。
ここまでの10年分ほどの緊張の糸が、戻った途端に切れたような、
その蓄積されたお荷物を解いていたような1週間だった。
もう困ったことは起こらない。
そして、
この長い時は、
waka-nudité へとなるためのプロセスだったことを、今回のExhibitionを開いて理解した。
本来なら、華やかなお写真と共に、色の説明だったりExhibitionの様子を
アップすべきなのでしょうが、そして、この3日間、Exhibitionの設営日を含めると
5日間の出来事は、どれもが、物語のように、たくさんの知らせや、アイテムが多く、
書き記したいことは多く多く、そしてドラマティックもたくさんあるのですが、
こちらは明日から、徐々にアップしていきたいと思っています。
そして
たった今、気づいたこと。
私が色を志した原点は、
23年前に、闘病生活、医療ミス、尊厳死の問題を越えて癌で亡くなった父を
もっとケアしたい。色でケアしたいと。
それが原点だった。
Exhibitionを終え、友人が、waka-nuditéを「纏うカラーメディスン」とfacebook上に投稿してくれた。そして、waka-nuditéの前身、umu-wakaをスタートする際に、声を書けてくださったホーリーもブログで量子治療かと。とアップしてくださった。
カラーメディスン 2018/3/16投稿
24年前に志した「色で癒す。心と体と魂。」
今回の waka-nudité debut Exhibitionを終えて気づく。
umu-waka時代から、きっと同じようにストールの色を、体のいろいろな部分に配置し、時間を置き
浸け置きTIMEと、お客様も認知されているのですが、そんな浸け置きTIMEを経て、その色を入れた
あと、次に上がってくる色を入れる。そんな技法は誰から習ったわけでもなく、いつから自分が、そんなことを始めたのかも、自身は、忘れているが。。。
今回のExhibition中も、心の癒しや勇気つけだけ、先の未来の色だけでなく、
大切な方の生命力を上げたいと、泣き出しそうになりながら、夢中で色を配置していた。
24年前に志した「色で癒す。心と体と魂。」
今、ここにあるのかもしれないと。
いや、やっと辿り着いたのかもしれない。
ここまで書き上げたのが、2018年3月16日。
Exhibitionを終えて10日間、経っている。
お客様や励ましのメッセージへの返信なども、自身の中で消化しながら言葉にするので時間がかかってしまう。まだ、挨拶や返信が仕切れていない。
こう、ご挨拶やメッセージも、クリエイションの一つなのかもしれない。
きっと、こうして、お客様と共に、ストールも色も、waka-nuditéも
クリエイションされて行くのだと。
また、続きは後日。
長文をお読みくださり、ありがとうございます。
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